元日のお雑煮 [本編「~縁」(短編連作小説集)]
短編小説「縁」本編・4編目
※目次ページはこちらhttp://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-10-28
前話「煩悩の年越し」の続きといえば続き。ほのぼのハートフルな若夫婦の物語。
お雑煮のもっちりしたお餅に理沙の太ももを重ね合わせる静也。相変わらずである。(2250字)
以下本文。
・・・
澄んだ空気が張りつめ、キンと冷えた正月元日。
時はお昼近く、障子が淡く輝き、やわらかな光を届けていた。
「明けまして……おめでとう」
布団の中からモソモソと上半身だけ起き上がった理沙がちょっと照れながら、隣にいる静也に挨拶した。
「うん……おめでとう」
眠気まなこの静也は、昨夜からの『清く正しい煩悩のもとに行われた年越し』を思い起こす。
正月早々すっかり寝坊をしてしまったが、『清く正しい煩悩のもとに行われた年越し』で夫婦の絆がよりいっそう深まり、悪くない一年の始まりだと満面の笑みを浮かべる。
「朝食兼昼食として、お雑煮でも食べる?」
「ああ」
起き出した静也は布団をたたみ、ついでに理沙の分もたたんで押し入れに仕舞う。
こういった片付けは静也の仕事だ。
布団から抜け出した理沙は暖房を入れ、手早く着替えてキッチンに立つ。
しばらくすると静也のところにも、ほんのりといい匂いがしてきた。
「お雑煮かあ」
いろんな具が入ったスープの中に、とろりとした白いお餅を思い浮かべる。
と同時に、去年のお正月のことが思い起こされた。
・・・
まだ新婚ホヤホヤだった当時――
お雑煮の白いお餅を食し、静也は何気にこうつぶやいてしまったのだ。
「モッチリしていて、理沙の太ももみたいだよな」
お餅のようにムッチリした理沙の太ももは最高だ、と静也としては大いに称賛したつもりだった。
そう「お餅のような」というのは褒め言葉である。
それに実際、理沙の太ももは白く、モッチリムッチリしていた。
だが、理沙は目を三角にして静也に問い質す。
「それって、私の太ももが太いって言いたいわけ?」
「いや、そのモッチリしているってことで……」
「それは太いってことだよね? 少なくとも細いという表現ではないよね?」
何だか理沙が険悪な雰囲気になっていく。
それでも静也は正直に答えた。
「確かに細くはないよな」
細くないものを細いとは言えない。
「分かった。ダイエットしようじゃないの」
「何で? ちょっとくらい太くたっていいじゃないか。オレはそっちが好みだけど」
「ああ、ついに太いって言ったね? 本音が出たね?」
理沙はまるで鬼の首をとったのごとく静也に詰め寄った。
が、静也は冷静にこう問い返した。
「まるで太いことが悪いように捉えているようだけど、なぜ太ももが太いといけないんだ?」
「そんなの細いほうがいいに決まっているじゃない」
「理沙にとって美の定義とは何だ? 何を基準としている?」
「へ?」
「だいたい誰に美しいとかカッコいいとか思われたいんだ? オレの好みより、ほかの奴らの好みを優先するってことか?」
今度は静也が詰め寄った。
「……いや、そうじゃないけど」
理沙の声が尻すぼみになる。静也は淡々としているようでいて、実は意外と嫉妬深いのだ。
「もちろん、股ずれするくらい太くて困る、健康上不都合が生じるというのであれば、もう少し痩せたほうがいいかもしれない。まさか、股ずれを起こしているのか?」
「そこまで太くないっ」
「じゃあ、いいじゃんか」
「でも、私はほっそりした脚がいいの」
「オレはモッチリ、ムッチリがいい」
「……意外とエッチ……なんだね」
「じゃあ、細い脚が好みな奴はエッチじゃないのか?」
というか男の大半はエッチなんだっ、と静也は心の中で訴えながらも問いを重ねた。
「そもそも理沙は何を持ってエッチだと判断するんだ?」
「……え……えっと……」
理沙はしどろもどろになり、口を閉じてしまった。こういった議論は静也の十八番である。
「そんなこともあやふやなままで、この話題を続けても仕方ないよな。よって、理沙の太ももはこのまま現状維持が好ましいと結論づけていいよな?」
「……」
「美とは何か? を明確にし、定義づけができたら、また改めて議論しよう」
こうして静也は理沙を煙に巻き、結局、この話は打ち止めのままとなり――
ダイエットすると宣言していたはずの理沙は、ダイエットらしいことはしないまま、ムッチリモッチリした太ももを今も保ち続けている。
・・・
「お雑煮できたよ~」
理沙の声がキッチンから届く。
静也が行くと、食卓には湯気を立ち上らせたお雑煮と、神様からのお下がりであるお節が並んでいた。
お椀に盛られた雑煮の中で白いお餅が顔を出していたが、もう静也は『太もも』の話題を出すような愚は犯さなかった。
理沙の雑煮は醤油仕立てで、鶏肉に白菜や椎茸、人参、春菊、油揚げが入っていた。相変わらず具だくさんだ。
雑煮の由来は、年神に供えた餅を煮て食べたことから始まり、各地方でそれぞれスタイルがあるようで――関東では角餅で味は醤油仕立て、関西では丸餅で味は味噌仕立てが一般的らしい。
餅は焼いてから汁に入れるもよし、茹でて汁に入れるもよし、具材も様々で、いろんな作り方があり、これといった決まりはない。
「新年に乾杯」
二人は白ワイングラスを重ねる。安物のテーブルワインだけどこれで充分だ。
まだひんやりとした寒さが残る中で食べるアツアツの雑煮は最高においしかった。
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前話「煩悩の年越し」の続きといえば続き。ほのぼのハートフルな若夫婦の物語。
お雑煮のもっちりしたお餅に理沙の太ももを重ね合わせる静也。相変わらずである。(2250字)
以下本文。
・・・
澄んだ空気が張りつめ、キンと冷えた正月元日。
時はお昼近く、障子が淡く輝き、やわらかな光を届けていた。
「明けまして……おめでとう」
布団の中からモソモソと上半身だけ起き上がった理沙がちょっと照れながら、隣にいる静也に挨拶した。
「うん……おめでとう」
眠気まなこの静也は、昨夜からの『清く正しい煩悩のもとに行われた年越し』を思い起こす。
正月早々すっかり寝坊をしてしまったが、『清く正しい煩悩のもとに行われた年越し』で夫婦の絆がよりいっそう深まり、悪くない一年の始まりだと満面の笑みを浮かべる。
「朝食兼昼食として、お雑煮でも食べる?」
「ああ」
起き出した静也は布団をたたみ、ついでに理沙の分もたたんで押し入れに仕舞う。
こういった片付けは静也の仕事だ。
布団から抜け出した理沙は暖房を入れ、手早く着替えてキッチンに立つ。
しばらくすると静也のところにも、ほんのりといい匂いがしてきた。
「お雑煮かあ」
いろんな具が入ったスープの中に、とろりとした白いお餅を思い浮かべる。
と同時に、去年のお正月のことが思い起こされた。
・・・
まだ新婚ホヤホヤだった当時――
お雑煮の白いお餅を食し、静也は何気にこうつぶやいてしまったのだ。
「モッチリしていて、理沙の太ももみたいだよな」
お餅のようにムッチリした理沙の太ももは最高だ、と静也としては大いに称賛したつもりだった。
そう「お餅のような」というのは褒め言葉である。
それに実際、理沙の太ももは白く、モッチリムッチリしていた。
だが、理沙は目を三角にして静也に問い質す。
「それって、私の太ももが太いって言いたいわけ?」
「いや、そのモッチリしているってことで……」
「それは太いってことだよね? 少なくとも細いという表現ではないよね?」
何だか理沙が険悪な雰囲気になっていく。
それでも静也は正直に答えた。
「確かに細くはないよな」
細くないものを細いとは言えない。
「分かった。ダイエットしようじゃないの」
「何で? ちょっとくらい太くたっていいじゃないか。オレはそっちが好みだけど」
「ああ、ついに太いって言ったね? 本音が出たね?」
理沙はまるで鬼の首をとったのごとく静也に詰め寄った。
が、静也は冷静にこう問い返した。
「まるで太いことが悪いように捉えているようだけど、なぜ太ももが太いといけないんだ?」
「そんなの細いほうがいいに決まっているじゃない」
「理沙にとって美の定義とは何だ? 何を基準としている?」
「へ?」
「だいたい誰に美しいとかカッコいいとか思われたいんだ? オレの好みより、ほかの奴らの好みを優先するってことか?」
今度は静也が詰め寄った。
「……いや、そうじゃないけど」
理沙の声が尻すぼみになる。静也は淡々としているようでいて、実は意外と嫉妬深いのだ。
「もちろん、股ずれするくらい太くて困る、健康上不都合が生じるというのであれば、もう少し痩せたほうがいいかもしれない。まさか、股ずれを起こしているのか?」
「そこまで太くないっ」
「じゃあ、いいじゃんか」
「でも、私はほっそりした脚がいいの」
「オレはモッチリ、ムッチリがいい」
「……意外とエッチ……なんだね」
「じゃあ、細い脚が好みな奴はエッチじゃないのか?」
というか男の大半はエッチなんだっ、と静也は心の中で訴えながらも問いを重ねた。
「そもそも理沙は何を持ってエッチだと判断するんだ?」
「……え……えっと……」
理沙はしどろもどろになり、口を閉じてしまった。こういった議論は静也の十八番である。
「そんなこともあやふやなままで、この話題を続けても仕方ないよな。よって、理沙の太ももはこのまま現状維持が好ましいと結論づけていいよな?」
「……」
「美とは何か? を明確にし、定義づけができたら、また改めて議論しよう」
こうして静也は理沙を煙に巻き、結局、この話は打ち止めのままとなり――
ダイエットすると宣言していたはずの理沙は、ダイエットらしいことはしないまま、ムッチリモッチリした太ももを今も保ち続けている。
・・・
「お雑煮できたよ~」
理沙の声がキッチンから届く。
静也が行くと、食卓には湯気を立ち上らせたお雑煮と、神様からのお下がりであるお節が並んでいた。
お椀に盛られた雑煮の中で白いお餅が顔を出していたが、もう静也は『太もも』の話題を出すような愚は犯さなかった。
理沙の雑煮は醤油仕立てで、鶏肉に白菜や椎茸、人参、春菊、油揚げが入っていた。相変わらず具だくさんだ。
雑煮の由来は、年神に供えた餅を煮て食べたことから始まり、各地方でそれぞれスタイルがあるようで――関東では角餅で味は醤油仕立て、関西では丸餅で味は味噌仕立てが一般的らしい。
餅は焼いてから汁に入れるもよし、茹でて汁に入れるもよし、具材も様々で、いろんな作り方があり、これといった決まりはない。
「新年に乾杯」
二人は白ワイングラスを重ねる。安物のテーブルワインだけどこれで充分だ。
まだひんやりとした寒さが残る中で食べるアツアツの雑煮は最高においしかった。
次話「年賀状―人間関係は難しい」http://hayashi-monogatari.blog.so-net.ne.jp/2016-11-09-1
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2016-11-08 14:40
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